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福井地方裁判所 平成11年(行ウ)10号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成一一年四月二三日にした別紙文書目録記載の文書の非開示処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、平成六年度ないし八年度及び平成九年度一二月までに福井県知事部局の全所属において執行された旅費について、福井県旅費調査委員会が調査を実施したが、その過程で各所属における調査が行われた。原告は、被告に対し、福井県公文書公開条例(以下「条例」という。)に基づき、右各所属の調査において用いられた資料や各所属の調査結果を取りまとめた文書が存在するとして、これらの文書の公開を請求したが、被告は、原告に対し、これらの文書は存在しないとの理由で、公開の可否が決定できない旨通知した。そこで、原告が、被告に対し、右通知は原告の公文書公開請求に対する非公開の処分であり、右処分は違法であるとして、その取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実及び弁論の全趣旨によって認められる事実

1  原告は、福井県の住民であり、条例五条に定める公文書公開請求権者である。

被告は、条例二条三項に定める実施機関である。

2  原告は、平成一一年四月九日、被告に対し、別紙文書目録記載の文書(以下「本件文書」という。)の公開を請求した。

3  被告は、同月二三日、原告に対し、同日付政企第×××号、商第×××号、農政第×××号、河開第×××号、福農整第×××号及び福土第××××号「公文書公開請求について(回答)」により、右請求にかかる公文書は存在しないとの理由で、公開の可否を決定できない旨の通知をした(以下「本件回答」という。)。

4  本件文書のうち、取りまとめ文書とは、各所属において、旅費が適正に執行されているかどうかについて確認するため、「旅費の全庁調査要領」に基づき、所属長及び課長補佐が調査実施者となり、書面調査、聞き取り調査等具体的な調査を実施し、適正な執行と確認できないものについては、事務処理上不適切な支出として、年度別及び支出額等を整理し、さらに、事務処理上不適切な支出については、その使途等を記載したメモ等をもとに、公務遂行上の経費に充てた額及び不適正な支出額の年度別金額、公務遂行上の経費に充てた額の年度別使途区分ごとの金額並びに不適正な支出額の年度別金額を整理した上で、この整理した件数及び金額を集計し、各部次長に報告した書面である。そして、福井県旅費調査委員会は、各所属の取りまとめ文書をもとに「旅費調査結果と改善方策に関する報告書」を作成しており、右文書は公表されている。

二  争点

1(本案前の争点)本件回答は行政事件訴訟法三条二項の「処分」か否か

(被告の主張)

行政事件訴訟法三条二項の「処分」とは、行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものではなく、公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいうところ、本件回答は、条例九条一項に基づき公開の可否の決定を行い、一〇条一項に基づき通知したものではなく、二条一項の「公文書」が存在しない事実を通知したものであり、事実行為である上、これに審査請求等の特別の不服審査手続を認める規定もないから、「処分」には該当しない。

条例九条は、「実施機関は、第六条第一項の請求書の提出があったときは、速やかに、当該請求に係る公文書の公開の可否の決定をしなければならない。」旨規定しているが、公文書公開請求が条例上不適法な場合は、同条に基づく公開の可否の決定は行うことはできない。

したがって、本件訴えは、不適法である。

(原告の主張)

条例は、「公文書の公開に係る県民の権利」(一条)、「公文書の公開を請求する権利」(三条)を保障し、九条は、「実施機関は、第六条第一項の請求書の提出があったときは、速やかに、当該請求に係る公文書の公開の可否の決定をしなければならない。」旨規定しているから、公文書公開請求に対しては公開の処分か非公開の処分しかあり得ない。そうすると、本件回答は、原告の公開請求に係る公文書を公開しない意図を明らかにしているのであるから、本件回答は非公開の処分というべきであり、行政事件訴訟法三条二項の「処分」に該当する。

実質的にみても、本件回答を単なる事実の通知と解し、処分ではないとすることは、請求に係る公文書が存在するか否かの点についての司法判断の機会が保障されないことになり、条例の実施機関が請求に係る公文書が存在しないと言えば実施機関は自由に情報公開を拒否することができることになってしまい、県民の情報公開請求権を保障した条例の趣旨に反する。

したがって、本件訴えは適法である。

2 帳簿、ノート類及び預金通帳の存否

(被告の主張)

本件文書のうち、政策企画室、商工政策課、農林水産政策課、河川開発課、福井農村整備事務所及び福井土木事務所の平成六年度ないし八年度及び平成九年度一二月までの旅費支出に関する福井県旅費調査委員会の調査に当たり、右各所属で作成されていた帳簿、ノート類(事務処理上不適切な支出とされ旅費の使途等を記したもの)とこれに関連する預金通帳(以下単に「帳簿、ノート類及び預金通帳」という。)は、いずれの所属にも存在しない。

3 取りまとめ文書は条例二条一項の「公文書」に該当するか否か

(原告の主張)

本件文書のうち、政策企画室、商工政策課、農林水産政策課、河川開発課、福井農村整備事務所及び福井土木事務所の平成六年度ないし八年度及び平成九年度一二月までの旅費支出に関する福井県旅費調査委員会の調査に当たり、同所属で作成されていた取りまとめ文書(以下単に「取りまとめ文書」という。)は、条例二条一項の「公文書」(以下括弧書きの「公文書」を用いる場合は条例二条一項の「公文書」をいう。)の要件である「職務上作成または取得をした」、「決裁または供覧の手続終了後」及び「県において管理されている」のいずれの要件をも満たす。

まず、「職務上作成または取得をした」とは、実施機関の職員が自己の職務の範囲内において、事実上作成し、又は取得した場合をいうものと解すべきであり、福井県文書規程(昭和六一年福井県訓令第六号。以下「文書規程」という。)に基づいて作成取得されたか否かは問わないと解するべきであり、取りまとめ文書は、この要件を満たす。

次に、「決裁または供覧の手続終了後」の要件については、「職務上作成または取得をした」文書については、その後相当期間が経過した場合は、この要件を満たしているものと推定されるというべきであるから、取りまとめ文書は、この要件を満たす。

さらに、「県において管理されているもの」とは、実施機関が現実にこれを支配状態に置いていることをいい、管理権限を有する者が管理することは要しないというべきであるから、取りまとめ文書はこの要件を満たす。

また、取りまとめ文書は、各所属において、旅費が適正に執行されているかどうかについて確認するため、「旅費の全庁調査要領」に基づき、所属長及び課長補佐が調査実施者となり、書面調査、聞き取り調査等具体的な調査を実施し、適正な執行と確認できないものについては、事務処理上不適切な支出として、年度別及び支出額等を整理し、さらに、事務処理上不適切な支出については、その使途等を記載したメモ等をもとに、公務遂行上の経費に充てた額及び不適正な支出額の年度別金額、公務遂行上の経費に充てた額の年度別使途区分ごとの金額並びに不適正な支出額の年度別金額を整理した上で、この整理した件数及び金額を集計し、各部次長に報告した書面であるのだから、本来、文書規程に基づき起案されるべき文書であって、被告の主張する「職務上作成または取得をした」、「決裁または供覧の手続終了後」及び「県において管理されている」の定義にしたがってもこれら要件を満たすものというべきである。

(被告の主張)

取りまとめ文書は、条例二条一項の「公文書」の要件のうち、「職務上作成または取得をした」、「決裁または供覧の手続終了後」及び「県において管理されている」の要件を満たさない。

まず、「職務上作成または取得をした」とは、実施機関の権限に属する事務の執行に当たって、文書規程に基づき、起案(県としての意思を決定するために、その基礎となる案文を作成すること)又は収受を行うことをいい、起案文書作成のための草稿、事案処理のための備忘的メモ等は公文書には含まれない。しかし、取りまとめ文書は、各所属において、旅費が適正に執行されているかどうかについて確認するため、「旅費の全庁調査要領」に基づき、所属長及び課長補佐が調査実施者となり、書面調査、聞き取り調査等具体的な調査を実施し、適正な執行と確認できないものについては、事務処理上不適切な支出として、年度別及び支出額等を整理し、さらに、事務処理上不適切な支出については、その使途等を記載したメモ等をもとに、公務遂行上の経費に充てた額及び不適正な支出額の年度別金額、公務遂行上の経費に充てた額の年度別使途区分ごとの金額並びに不適正な支出額の年度別金額を整理した上で、この整理した件数及び金額を集計し、各部次長に報告した書面であり、文書規程に基づく起案の手続により作成されていないから、「職務上作成または取得した」の要件に該当しない。

次に、「決裁または供覧の手続終了後」の「決裁」とは、文書規程及び福井県事務決裁規程(昭和五〇年福井県訓令第三号)等に基づき、事案についての意思を決定すること、「供覧」とは、文書規程に基づき、関係者の閲覧に供することをいうが、直接の意思決定の対象とならない説明資料等で、起案文書に添付されているものについては、「決裁または供覧の手続終了後」の文書に含まれる。しかし、取りまとめ文書は、右のとおり、文書規程に基づく起案の手続は行われておらず、「決裁」又は「供覧」の対象となる文書ではないから、「決裁または供覧の手続終了後」の要件に該当しない。

さらに、「県において管理されているもの」とは、文書規程等に基づき、県の機関が保管(所属長が、文書をファイルとして完結した日から当該ファイルの保存年限の起算日の属する年度の末日まで、事務所内で管理すること)、保存(保管期間を経過した文書を本庁では文書学事課長に引き継ぎ、出先機関では当該出先機関の書庫等に置き換えて,保存年限が到来するまで書庫等で管理すること)しているものをいう。しかし、取りまとめ文書は、各所属の所属長等が事実上保持しているが、文書規程等に基づき保管、保存しているものではないから、「県において管理されているもの」の要件に該当しない。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件回答は行政事件訴訟法三条二項の「処分」か否か)について

1  被告は、本件回答は、条例二条一項の「公文書」が存在しないという事実を通知したものにすぎないから、行政処分ではない旨主張する。

2  条例により、福井県の住民等(以下「住民等」という。)は、条例二条一項に定める「公文書」、すなわち「実施機関の職員が職務上作成又は取得をした文書、図画及び写真(これらを撮影したマイクロフィルムを含む。)であって、決裁又は供覧の手続終了後、県において管理されている」文書の公開を請求する権利を有する。そして、「公文書」について公開請求があった場合には、被告は、条例九条一項により、当該「公文書」の公開の可否の決定をしなければならない。

他方、条例には、住民等が存在しない文書や「公文書」に該当しない文書の公開を請求した場合に被告のするべき行為を定めた明文の規定はない。

しかし、「公文書」の公開請求に対する公開の可否の決定をすることを義務付けた条例九条一項は、実施機関は、公開請求を受けたときは、その許否の態度を明示すべきことを義務付ける趣旨の規定であって、その場合、公開請求に係る文書の存否や当該文書が「公文書」に該当するか否かは、公開又は非公開の決定に当たり、その前提として判断すべき事項であることからすると、条例は、実施機関において住民等に対して公開請求に係る文書の存否や当該文書が「公文書」に該当するか否かについて判断を示すことを当然に予定していると解するべきである。

そして、本件回答は、行政庁である被告が、行政組織からみて外部である原告に対して行った行為であって、本件文書が存在しないことあるいは「公文書」に該当しないことを前提にして、原告が条例に基づいて本件文書の公開を受ける権利はないと判断したものであり、原告に本件文書の公開を受けることができなくなるという不利益を一方的に与えたものということができるから、本件回答は行政処分たる非公開処分であると解するべきである。

また、実質的にみても、裁判所が本件回答のような公文書不存在通知の適否を判断できないとすると、これが濫用される可能性があり、住民の知る権利を具体的に保障するために制定された条例の趣旨を没却するおそれがあるから、公文書不存在通知の適否を司法判断の対象とする必要性は高い。

したがって、本件回答は行政処分である非公開処分と解するべきであり、本件訴えは適法である。

二  争点3(取りまとめ文書は条例二条一項の「公文書」に該当するか否か)について

1  条例二条一項は、公開の対象となる「公文書」について、「実施機関の職員が職務上作成または取得をした文書、図画及び写真(これらを撮影したマイクロフィルムを含む。)であって、決裁または供覧の手続終了後、県において管理されているものをいう。」と定義している。

右定義における「決裁または供覧の手続終了後」の要件からすれば、「公文書」であるためには、「決裁」又は「供覧」の手続が予定されているものであることが必要と解される。

2  ところで、「決裁」及び「供覧」については、条例又はその他の上位ないし同位の規範にこれらを定義した規定はないから、福井県の通常の事務として行われている決裁及び供覧をいうと解するほかない。したがって、「決裁」又は「供覧」の手続が予定されている文書とは、福井県の通常の事務において決裁又は供覧の対象とされている文書をいうと解される。

そして、右にいう「福井県の通常の事務において決裁又は供覧の対象とされる文書」に当たるか否かの判断においては、文書規程が参考になるというべきである。もちろん、文書規程は、条例の下位規範である訓令にすぎず、直接条例の解釈を拘束するものではないが、福井県においては、通常、文書規程に基いた文書の作成、管理等が行われているとみるのが自然であるから、他に特段の証拠のない限り、「福井県の通常の事務において決裁又は供覧の対象とされる文書」とは、文書規程において決裁又は供覧の対象とされている文書であるということができる。そして、右にいう特段の証拠の提出はないから、結局、本件において、「決裁」又は「供覧」の手続が予定されている文書とは、文書規程において決裁又は供覧の対象とされている文書をいうものと認められる。

そこで、取りまとめ文書が「決裁」又は「供覧」の手続が予定されている文書か否かについて検討するに、文書規程において、「決裁」の対象とされる文書は、「起案文書」とされ(二四条)、「起案文書」とは「事案の決定案を記載した文書」と定義されている(二条三号)。したがって、「決裁」の対象とされる文書は、事案に対する決定案、すなわち県としての意思を決定するための基礎となる案文に限られる。また、文書規程において、「供覧」の対象とされる文書は、「収受した文書であって起案による処理を要しないもの」とされ(三一条)、「収受」の対象とされる文書は、外部から福井県に到達した文書である(一〇条ないし一五条)。

そうすると、取りまとめ文書は、福井県の職員が作成したものであるから、「供覧」の手続が予定されている文書といえないことは明らかである。また、前記のとおり、福井県旅費調査委員会は、各所属の取りまとめ文書をもとに「旅費調査結果と改善方策に関する報告書」を作成し、右文書が公表されているのであるから、右報告書は福井県としての意思を決定するための基礎となる案文ということができるが、他方、取りまとめ文書はその作成のための基礎になったものにすぎず、県としての意思を決定するための基礎となる案文であるとはいえないから、「決裁」の手続が予定されている文書であるとは認められない。

したがって、取りまとめ文書は「決裁または供覧の手続終了後」の要件に該当しない。

3  よって、その余の点について判断するまでもなく、取りまとめ文書は「公文書」に該当しない(なお、「旅費調査結果と改善方策に関する報告書」に取りまとめ文書が添付されている場合には、取りまとめ文書も、右報告書と一体のものとして「公文書」に当たると解する余地があるが、右報告書に取りまとめ文書が添付されていると認めるに足りる証拠はない。)。

したがって、取りまとめ文書についての本件回答は、同文書の公開請求に対する非公開処分として適法である。

三  争点2(帳簿、ノート類及び預金通帳の存否)について

本件文書のうち、帳簿、ノート類及び預金通帳については、その存在に争いがあるところ、公開請求した文書が存在することの立証責任は、原告にあると解するほかない。

しかし、これらの文書が存在すると認めるに足りる証拠はない。

また、仮に帳簿、ノート類及び預金通帳が存在するとしても、これらは取りまとめ文書の作成に当たって作成あるいは用いられた資料であるから、前記二で取りまとめ文書について述べたのと同様の理由で、「公文書」に該当しない。

したがって、帳簿、ノート類及び預金通帳についての本件回答は、これらの文書の公開請求に対する非公開処分として適法である。

四  結論

以上のとおり、本件文書はいずれも「公文書」に該当せず、本件回答は本件文書の公開請求に対する非公開処分として適法であるから、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 岩田嘉彦 裁判官 酒井康夫 裁判官 岩崎邦生)

〈以下省略〉

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